最終弁論が行われた、とのニュース。
その場で、堀江被告は泣きながら無罪を訴えた、というのだ。
以下、読売、26日付の記事から。
≪ライブドア「事件は蜃気楼」堀江被告側が検察批判≫
堀江被告は初公判以来、法廷で定番となった黒いスーツ姿。2時間近くに及んだ弁護側の最終弁論の後、意見陳述の機会を与えられた堀江被告は、「言いたいことがある」と切り出した。「会社のため、株主のため、一生懸命頑張ってきたのにいきなり逮捕された」と話すうちに、感極まったのか涙を流し、声を詰まらせた。一方で、「検察は、どんな手段を用いても私を主犯にして実刑にしようとしていると感じた」と、延々と検察批判を続け、「これからの起業家が委縮してしまう」と、再び、涙を見せた。
どうも……、どうしても……、正直な感想として
「涙を流し」が気に入らない。
「社会のため、株主のため……」というのも、それが
無罪を主張する論旨にのっとったものとしても、本当っぽくない。
堀江被告、そして彼らの取り巻き(だった)人々は、
まず、自分のために生きていたはずだ。
※※
堀江被告にも言い分は、もちろんあって当然。
また、かつての側近、宮内被告に裏切られた、との
思いが強いのも、わかる。
それでも、泣きながら――というのは、気に入らない。
泣いて無罪主張(つまり自己正当化)、というのは、
うーん、表現が思いつかないが、いただけない。
泣いてごまかそうとするんじゃないよ、
とまでは言わないが、いまさらなんだ!
たぶん、裁判は1審だけで終わらず、ずっと続くのではないか。
かつての側近、宮内被告とも、じゃんじゃんやりあったらよい。
感極まって泣く、など、渇ッ!――じゃないのかい?
<他の記事>
・堀江被告「事件は蜃気楼」改めて無罪主張 ライブドア事件(iza、26日)
<追記>
堀江被告が、かつて一世を風靡(ふうび)できたのは、才能や運も
あっただろうが、何よりも「悪党」としての生き様があったから。
歴史にも「悪党」が登場し、したたかに生きて、かつ、
その生き様を見せて、世の中を変えていった時代があった。
堀江被告がそうなのかどうかはわからないが、
歴史の話、ふと、思い出した。
※当ブログは試運転中!近々、毎日更新に切り替えます(るつもりです)。^^
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